スーパーラジコン コンコルド
スーパーラジコンコンコルドの楽しみ方をご存知でしょうか。
スーパーラジコンコンコルドの楽しみ方について詳しく紹介します。



超音速旅客機コンコルド
コンコルド (Concorde) はイギリスとフランスが共同開発した超音速旅客機 (SST: supersonic transport) である。コンコルドは高度55,0006万フィートという通常の旅客機の2倍もの高高度をマッハ2.0で飛行する。

コンコルドは定期運行路線をもった超音速民間旅客機としては最初の、そして(
2007年時点では)最後の航空機であった。コンコルドなど各国が超音速旅客機開発競争にしのぎを削り、イギリスはブリストル223、フランスはシュペル・カラベルなどの超音速旅客機の研究を独自に行っていた。1962年に英仏両国はそれまで独自に行っていた開発を共同で行う方針に転換した。

イギリスからは
BAC、フランスからはシュド・アビアシオンが開発に参加した。196932日にコンコルドの原型機が初飛行に成功、同年101日にはコンコルドが音速の壁を突破した。

コンコルドは
1972612日には羽田空港にもデモンストレーションのため飛来している。コンコルドは1976121日から定期的な運航を開始した。コンコルドは1979627日には日本で初めての開催となる東京サミットに出席するジスカール=デスタン・フランス大統領の搭乗機として羽田空港に飛来した。また1990年には'90長崎旅博覧会のイベント(チャーター便)としてコンコルドが長崎空港に飛来した。
超音速旅客機CONCORDE コンコルド (F-GITF) エールフランス





コンコルドの終焉

コンコルドの終焉。コンコルドは2000725日、エールフランス機(Model No.101、登録番号F-BTSC)がパリのシャルル・ド・ゴール空港を離陸時にタイヤが巻き上げた金属片により燃料タンクを破損、直後に漏れ出た燃料に引火、そのままコンコルドは炎上・墜落した。

地上で巻き込まれた犠牲者を含め
114人が死亡するという大惨事となった。コンコルドは小さなトラブルは頻繁にあったが、1969年のコンコルドの初飛行以来、大規模な事故は初めてであった。エールフランスは即日、ブリティッシュ・エアウェイズもイギリスの航空当局がコンコルドの耐空証明を取り消すことが確実視されたことにより815日に、運航停止を決定した。

コンコルドの事故調査に続いて、燃料タンクのケブラー繊維の補強、耐パンク性を強化したミシュラン製のタイヤ、燃焼装置の隔離処理等の改修を受けた後、コンコルドは
2001117日に運航が再開された。しかしコンコルドの燃費が悪く航空機関士が必要なコックピットなど、旧式のシステムであるコンコルドの運行はコストがかかり、景気低迷下(直前にアメリカで発生した同時多発テロで、航空需要は低迷していた)ではコンコルドの収益性の改善は望み薄であっただろう。

2003
410日、ブリティッシュ・エアウェイズとエールフランスは同年10月をもってコンコルドの商用運航を停止することを発表した。エールフランス機は5月、ブリティッシュ・エアウェイズ機も20031024日にコンコルドの最後の営業飛行を終え、後継機もなく超音速旅客機は姿を消した。

ヴァージン・アトランティック航空がブリティッシュ・エアウェイズのコンコルドを買い取ると表明したが、
ブリティッシュ・エアウェイズはこの申し出を拒絶した。ヴァージン・アトランティック航空はコンコルドを 買い取る事に熱心だった模様で、機内販売グッズの中にヴァージン・アトランティック航空カラーリングのコンコルド模型を限定販売していた。




コンコンルドのジェット機ラジコン


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